
国境なき子どもたち(KnK)は世界のストリートチルドレンや人身売買の被害に遭った子ども、大規模自然災害や国内騒乱で不安定な状況下にある子どもなど、恵まれない青少年を支援する国際協力NGOです。世界の子どもたちと「共に成長していく」ことを理念に活動を開始したのが1997年、現在ではKnKの活動地は約9の国と地域にまで広がっています。
石畳が続く静かな路地裏、シルクロードの時代が蘇ったかのような活気ある市場、いつも友人たちが買ってきてくれた焼き立てのパンの香り、「ようこそ!」と駆け寄って出迎えてくれた子どもたち。そんな穏やかな光景が、私の記憶に残るシリアの姿だった。2009年まで何度も通っていた、首都ダマスカス。あのときはまだ、この場所が熾烈な戦火に飲み込まれることなど、想像することさえ出来なかった。
2011年3月、東日本大震災が起きたあの月から徐々に、この国は戦場となっていった。あれから4年以上が経った今、国内外に逃れた人々は1000万人を超えたという。南の国境を越え隣国ヨルダンに流れ込んできた難民の数は、登録をしているだけでも60万人以上。実際にはその倍の数ともいわれている。
「ここには確かに安全があります。でも逆に言えば、安全しかないんです」。子どもを抱えるお母さんの言葉だ。働くことは許されない。故郷に帰る日はまだ見えない。ときには心無い言葉を浴びせられることさえある。難民キャンプのテントの中で、あるいは都市の古びたアパートの中で、途方もなく長い道のりを歩くような、あてのない避難生活を送る家族たちが息を潜めている。「それでもここに残るのはなぜか?自分の子どもが傷つくところなんて想像もできなかったからさ」。こうして耐え抜くことが出来るのは、心から守りたいものがあり、帰りたい場所があるからだった。
彼らに故郷のことを尋ねると、悲しい出来事と同じくらい、あるいはそれ以上に、家族や友人たちとのかけがえのない思い出を語ってくれる。いかに人が繋がり合って暮らしていたか、どんなに豊かな大地が広がっていたか。そんな美しかった故郷でもう一度、家族と、友人たちと暮らすことを夢見続けている。彼らの心に広がる風景を、一日でも早く取り戻せるように。一枚一枚にそんな願いを込めました。 安田菜津紀(カラー約40点)
【安田 菜津紀】 プロフィール
1987年神奈川県生まれ。studio AFTERMODE所属フォトジャーナリスト。16歳のとき「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。2012年、「HIVと共に生まれる -ウガンダのエイズ孤児たち-」で第8回名取洋之助写真賞受賞。 共著に『アジア×カメラ 「正解」のない旅へ』(第三書館)、『ファインダー越しの 3.11』(原書房)。上智大学卒。