
1991年初めての沖縄は夫婦での観光旅行でした。竹富島で水牛車に乗りおじいの三線、首里城で民族衣装をはおり記念写真。でも沖縄そばは何とも不思議な味で好みではなかった。沖縄に20回ほど訪問している。2000年代は写真仲間と2010年代は学校の先生グループと「もっと知りたい沖縄」ツアーに参加した。世界遺産、伝統芸能、美ら海水族館に感動、沖縄の食べ物も好きになりお土産に必ず買うのがマンゴー。時々思い出しては食べたくなる沖縄そば。沖縄は故郷のような気がしている。居心地がいいのだ。
だが、日本全土の0.6%しかない沖縄県。この小さな県土に70.6%(平成28年「3月31日現在)の米軍基地が集中している。むかし昔、「基地を返せ」を歌ったこともある。いずれ返還されるかとかすかな時期があったがい、今は?
本土に住む一人として、他人ごとではすまされない。でも何ができるかはそう簡単ではない。何度となくツアーに参加し、戦跡や米軍基地をみてきた。「私の見た、聞いた、知った」事を写真で見ていただくことができるなら「私のできること」になるだろうか。
今回は「戦争の遺跡・基地」「くらし・文化」の2テーマで構成した作品群を展示します。
「戦争の遺跡・基地」:嘉数の高台にはトーチカ、陣地豪、普天間基地が見下ろせる(宜野湾市)。平和祈念資料館内の展示物。伊江島での米軍降下訓練。辺野古の浜の東側にはキャンプシュワブ、説明をする若者達。辺野古新基地のゲート前は厳重な警備。国立沖縄戦没者墓苑の平和の礎・平和の火、(糸満市)、国道を通る基地関係車両、楚辺通信所「像の檻」を見学するツアーの人(読谷村)。嘉数の高台から普天間基地に並ぶオスプレイ。沖縄国際 大学に米軍ヘリが墜落炎上。道の駅「かでな」から嘉手納霧基地が一望。ホワイトビーチ地区(うるま市勝連平敷屋)貯油施設と軍艦。嘉手納基地内戦闘機。
「くらし・文化」:首里城、亀甲墓の墓参り、漁師、サトウキビ畑、赤瓦の屋根・近代的な家、鶏2羽、屋上に観葉植物。辺野古海の兵隊ガニの大群。那覇の公園。うるま市の闘牛場。国道沖縄付近の球技場。佐喜眞美術館は普天間基地と隣接、屋上から望む。国道から見える送電線。那覇空港近くの海岸。JA沖縄「うまんちゅ市場」。勝連グスクで沖縄舞踊。首里城公園の森。斎場御嶽 三庫理。断崖絶壁に東シナ海の荒波が打ち寄せる辺戸岬。
だが、日本全土の0.6%しかない沖縄県。この小さな県土に70.6%(平成28年「3月31日現在)の米軍基地が集中している。むかし昔、「基地を返せ」を歌ったこともある。いずれ返還されるかとかすかな時期があったがい、今は?
本土に住む一人として、他人ごとではすまされない。でも何ができるかはそう簡単ではない。何度となくツアーに参加し、戦跡や米軍基地をみてきた。「私の見た、聞いた、知った」事を写真で見ていただくことができるなら「私のできること」になるだろうか。
今回は「戦争の遺跡・基地」「くらし・文化」の2テーマで構成した作品群を展示します。
「戦争の遺跡・基地」:嘉数の高台にはトーチカ、陣地豪、普天間基地が見下ろせる(宜野湾市)。平和祈念資料館内の展示物。伊江島での米軍降下訓練。辺野古の浜の東側にはキャンプシュワブ、説明をする若者達。辺野古新基地のゲート前は厳重な警備。国立沖縄戦没者墓苑の平和の礎・平和の火、(糸満市)、国道を通る基地関係車両、楚辺通信所「像の檻」を見学するツアーの人(読谷村)。嘉数の高台から普天間基地に並ぶオスプレイ。沖縄国際 大学に米軍ヘリが墜落炎上。道の駅「かでな」から嘉手納霧基地が一望。ホワイトビーチ地区(うるま市勝連平敷屋)貯油施設と軍艦。嘉手納基地内戦闘機。
「くらし・文化」:首里城、亀甲墓の墓参り、漁師、サトウキビ畑、赤瓦の屋根・近代的な家、鶏2羽、屋上に観葉植物。辺野古海の兵隊ガニの大群。那覇の公園。うるま市の闘牛場。国道沖縄付近の球技場。佐喜眞美術館は普天間基地と隣接、屋上から望む。国道から見える送電線。那覇空港近くの海岸。JA沖縄「うまんちゅ市場」。勝連グスクで沖縄舞踊。首里城公園の森。斎場御嶽 三庫理。断崖絶壁に東シナ海の荒波が打ち寄せる辺戸岬。
(出展枚数:モノクロ41枚)




