自宅から車で20分位の所にある埼玉県魚市場には暮れに正月用品を買いに毎年出かけていた。客と仲買人との活気ある買い物風景に興味を持ち、魚市場の写真を撮っていた。
ある日の夕方、場内は暗くなり、店舗はシャッターを下ろし人影はまったくなかった。夕闇の中を撮っていると突然明るくなった。通路の明かりが一斉に灯された。すると闇に沈んでいた魚市場が全く新しい姿となって現れた。通路に立てかけられた板、長く置かれている板に目が留まった。照明用電燈の笠の落とす影と板の表情を見て、無人の魚市場が見せる多彩な表情のとりこになった。後日市場の人から、この板に「板舟」という名のあることを知った。
夜の魚市場には、手袋、発泡スチロール、フォークリフト、ターレットなどが静かに鎮座していた。夜中3時になるとマグロの競り場が賑わいはじめる。マイナス60度の冷凍マグロが登場し仲卸の店に運び込まれ加工される。
夜が明けると買い物客がやってくる。寿司屋、料理屋、魚屋さんだ。声高に叫ぶ仲買人の声が響く。包丁さばきも手際が良い。11時半ごろには店じまいとなる。海なし県埼玉県魚市場の一日は長い。
合間にある海は、3.11福島原発事故前の故郷福島県浜通り浪江町請土港の外海である。
撮影地 埼玉県さいたま市 埼玉県魚市場 モノクロ58点
菊地 英(きくち すぐる)
・日本リアリズム写真集団会員
・現代写真研究所 英伸三ドキュメントゼミ研究生