宮本成美・水俣写真展 「まだ名付けられていないものへ または、すでに忘れられた名前のために」

Vol.395  4月7日(木)~4月13日(水)


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現在、政府の方針で、水俣病の原因企業・チッソ株式会社の分社化が進められようとしています。これは、金もうけのために傷害事件(水俣病認定患者・新潟と合わせて約3千人、未認定患者に対する救済措置への申請者3万人以上)を起こした企業を免責し、その思想をこの社会が認めることを示しています。こうした企業は、チッソばかりでなく、現代社会には数多くあります。それらの企業は、市民感覚からみれば、社会のそして法の正義により断罪されてきたはずでした。しかし、実際には「国民」にとって「必要なもの」を生産しているという理由で、多くの企業が生き続けています。その「必要なもの」の基準は、いわば強者の論理で、庶民や弱者(被害者)と関係ないところで判断・決定をされています。水俣世界が見せているものは、このような現代社会が持つ必然的な差別の社会構造でした。この差別の構造は、今やさらに強化され、「国民」の中に社会的弱者といわれる人たちを大量に生産しています。自分の生きにくさの理由を知りたくて写真を始め、水俣に出会った私が写真に残したものは、悲劇的な状況の中でも人の道を作り出した人々と、その人たちに共感する人たちの活動の記録です。
1970年から40年かけて撮り続けた、水俣取材のモノクローム写真156枚で構成した写真集から抜粋した約80点を展示。
4月9日15時よりイベント、最首塾番外編「最首悟+星埜守之フリートーク」開催。入場無料。

 

宮本 成美(みやもと しげみ)略歴

1947年 東京生まれ
1970年 法政大学経済学科卒業
業界紙にカメラマン(アルバイト)として就労(4月より10月まで)
1971年 五反田に「MAY写真工房」立ち上げに参加
1976~1979年 スポーツ・ニッポン新聞社に嘱託勤務
1981年 「MAY写真工房」解散、一人で工房を続ける
1986年 写真工房、ビル取り壊しにより閉鎖、杉並区に「宮本写真事務所」を開設
2005年 石橋こどもクリニック勤務

写真展歴
1966年 品川開催「水俣・東京展」にて、同名の写真展を開く
2010年 写真集を制作

  

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